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アメリカで暮らす、働く、育てる

アメリカ企業で働く一児の母。アメリカ生活、共働き、子育て、マイホーム購入、、その他日々感じることを書いています。

マザコン娘、アメリカへ行く。

突然ですが私は、結婚する29歳まで、一度も実家を出ずに母と暮らしていました。両親と姉の4人家族だった私たちですが、両親は高校時代に離婚、その後7年ほどして父は亡くなり、姉も結婚し家を出て、最後の3、4年は母との二人暮らしでした。

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話好きな母との暮らしは、気楽で楽しいものでした。好きなものをふたりで作って食べたり、仕事後に待ち合わせて買い物&ご飯を食べたり、彼氏が遊びに来れば一緒に団らんしたりしていました。金銭的には、家賃を私が払い、食費やその他生活費を母がまかなうなどと取り決め、普通の親子以上に、1対1の共同生活者として、お互い支えあって暮らせていたように思います。

 

そんな私が、急にアメリカに行くことが決まり(彼の渡米が決まったとほぼ同時に妊娠が発覚したため、入籍して一緒に渡米することに決めました)、結婚して家を出るだけでなく、簡単には会えない距離に離れてしまうことになりました。

 

さみしいという気持ちはもちろん、どこかで私は自分が母を支えなくてはと思っていたので、母をひとり日本に残すことがなんとも切なく、やりきれなかったのです。父との結婚生活で苦労し、その後は娘2人をひとりで育ててくれました。そんな母に、これからは楽しく幸せに暮らしていってほしい、そのためには私が近くにいなくてはと、どこかでそう思っていました。

 

今の夫と結婚する、そしてアメリカに一緒に行くことになると思うと伝えたとき、もちろん母は喜んでくれました。私が母のことを心配すると、私のことは心配しなくても大丈夫と言ってはいたものの、きっと複雑な思いがあったのだろうと想像します。

 

 

渡米直前に切迫早産で入院することになり、いったん決めていた母の一人暮らし用新居をキャンセルする事態になりました。アメリカに行けるかも分からなくなり、母にも心配と迷惑をたくさんかけました。そして、「もう少し日本に残って、日本でうんでもいいじゃない」という母の正直な気持ちもそのとき垣間見えたのでした。

 

 

結局、お医者さんとぎりぎりまで話し合い、予定通り年末に渡米することが決まりました。出国当日体調を崩した母は、見送りにも来られなくなり、自宅のマンションであっけなくお別れしました。(結局インフルエンザだったということが分かり、私にもしっかりうつっていたというオチつき‥)

 

 

さんざん苦労をかけながら、30年近く一緒に暮らした母をひとり残していくこと、自分が知らない土地に行くということ以上にそちらの方が気がかりで切ない気持ちになりました。

 

アメリカでどんな暮らしになるのか、うまくやっていけるのか、そんなことよりもひたすら母のことを思う、マザコンな娘なのでした‥

 

 

 

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