アメリカで暮らす、働く、育てる

アメリカ企業で働く一児の母。アメリカ生活、共働き、子育て、マイホーム購入、、その他日々感じることを書いています。

アメリカで専業主婦、そして仕事復帰。

文学部からファイナンス関連の仕事へ就いた後外資系企業へ転職、その後渡米することになった私。

今回は、渡米後の専業主婦生活と仕事復帰編です。

 

長々3つに分けて書いてしまいましたが、今回でおしまいです。

 

前回・前々回の記事 ↓↓ 

notefromus.hatenablog.com

 

notefromus.hatenablog.com

 

 

出産、そして専業主婦ライフ

出産後、マタニティブルー&ホームシックに陥り、精神的につらい日々が続いた‥という件は以前の記事に書いた通りです。 

notefromus.hatenablog.com

 

 

ホルモンバランスの崩れと、日本から離れたことによるホームシック以外にも、自分が仕事をせずに(しかも復帰できる目途なし)専業主婦をしているという状況は、私の心をもやもやさせました。

以前書いた通り、専業主婦→離婚した母を見ていた私は、自分がまさか専業主婦になるだなんて、考えてもみなかったことでした。

 

専業主婦でいることを否定するわけではもちろんありません。単純に自分には向いていないと思ったのです。子どもと夫のために家庭を守り、自分のキャリアを置き去りにするとしたら、いつか、アメリカに来たという選択を後悔してしまいそうでした。自分で選んだ道なのに、夫のことを責めてしまうかもしれないと思いました。

 

f:id:notefromus:20160615051732j:plain

 

自分の仕事より夫との渡米を選んだわけ

 

夫と一緒にアメリカに来て子どもを産む、ということは私自身の選択でした。

 

夫にとって優先順位が高かったのは、アメリカに行くこと。彼がその決断を変えることはないと分かっていたし、私もその決断を曲げてまで自分と日本で暮らしてほしいとは思いませんでした。

私にとって優先順位が高かったのは、お腹にいる子どもを産むということ。どんな選択肢であれ、これを曲げることはありえませんでした。

 

その2つを考えたとき、アメリカで子どもを産むというのがその時の最適な選択でした。仕事を捨てたつもりはなかったけれど、私にとっては子どもを産むことの方が重要なことでした。そして、その出産という大イベントは夫と一緒に乗り越えたいと思ったのです。

そんなわけで仕事はひとまず休職して渡米(元々アメリカに本社があるので、あてはないものの本社でポジションを見つけたいとは思っていた)、専業主婦は向いてないだろうと自覚していた私が、気づいたらアメリカで専業主婦になっていました。

 

 専業主婦であることのもやもや

アメリカで育児をしながら専業主婦。その生活を充実させるためには自分から何かアクティビティを見つけたり、友だちを作ったりと能動的に動き続ける必要があります。

ESLに通ったり、図書館のStory timeに行ったり、ママ友を作ってプレイデートやお茶をしたり‥。

 

今では戦友と思えるような大切な友だちに出会えたのは、この休職期間があったからで、そういう意味では貴重で有意義な時間だったと思えます。

仕事と家事育児に忙しい今では、職場以外で新しい友だちをつくるということはなかなかできません。

 

ですが、当時は常にもやもやもやもやしていました。

 

夫は私の仕事探しに協力的でした。私が働けるように、上司に交渉してビザを書き換えてくれたり、何か仕事がないか周りの人に聞きまわったりもしてくれました。

それはとてもありがたいことである一方、育児を余裕でこなしていたとは言えない私にとって、

「もっと積極的に動いて、社内でも社外でも仕事探しなよ!」

という無言・有言のプレッシャーを感じて、イライラしてしまうことも多かったです。

当時の私にとっては、不安・孤独・さみしい気持ちを埋めることが一番必要に思えました。まずは私の精神安定が一番大事だ!という思いで、気軽に日本語で相談ができる友だちを作ることを優先していたのも事実でした。

 

一方で、本当にこれでいいのかという思いは常につきまといます。

このままずっと仕事が見つからず夫に養ってもらう生活は、性格的に耐えられないと思いました。夫はお金のことをうるさく言うタイプではなく、気にする必要は全くなかったのですが、それでも何か買うときは「買ってもらう」という意識を持ってしまうのが嫌でした。

 

専業主婦向いてない、仕事したいけど、いまの不安定な精神状態で職探しをするより、まずは友だちを作って楽しい生活が送りたい、でも仕事復帰できるあてがないのは不安‥

 

という、夫に話したら「じゃあどうしたいの?」と言われそうな無限ループの中でもやもやし続けていました。

 

 

職探し、そして仕事復帰

結局、仕事を見つけて復帰したのは、娘がうまれてから1年3ヶ月後、渡米から1年半後でした。

生後10ヶ月頃から、週2回娘をデイケアに預けて、その間に勉強や職探しを始めました。安くはないデイケア代でしたが、束の間一人時間を持てたことは、私の精神を安定させるには抜群の効果がありました。

疲れているときには少し昼寝をしたり、娘がいるとはかどらない家事を進めたりもしました。

(でも勉強や職探し関連のことをしていないと、今日なにしてたの~?と軽い気持ちで聞いてくる夫に、若干イラっとしたりもしました。。夫は悪くありませんが)

 

そんなこんなで、面接をいくつか受けて無事に仕事を見つけることができました。

 

 その後も残るもやもや

うれしくてたまらない仕事復帰でしたが、その仕事自体は、自分が日本でしたかった仕事とは違いました。

日本で妊娠発覚する直前、入社後2年少し働いた部署から、とある部署に異動していました。自分の専門性をもう少し生かしたいと思って希望した異動でした。

その直後渡米が決まり、今回アメリカで得た仕事は、ファイナンスという枠では同じ仕事でしたが、私の専門性を使う機会はほぼなさそうでした。

 

それでも、今はとにかく仕事をすることが先決、アメリカで働くという経験をまずは積まなくてはという思いで決めた仕事でした。

 

結果的に、いい経験をつめているし、私のキャリアの中でも特に意味のある期間だと思っています。

ですが、このままこの会社でこの仕事を何十年も続けていくのかと問われると、そこには疑問符がつきます。はい、仕事復帰した今もまた、ちがうもやもやを抱えているのです。

 

 

 

先日、1年限定でこちらに来て働いている日本人女性と話す機会がありました。彼女は私よりもかなり年上で、日本の一流企業でいいポジションに就いている人です。

その方に、いま私が抱いているもやもやについて話してみました。

 

「自分でプランして生きようとしてたつもりが、気づけば全然違うことをしていて、今していることが本当にこれでいいのか、これから何をしていくべきなのか、いつももやもやしている」といった内容です。

 

彼女のコメントはこのようなものでした。

 

「10年近くかけて、目指していたものをその通り実現したんです。という人がいて、『そうなんだーコツコツがんばったんだなぁ』とは思ったけど、私自身はそうはなりたくないなと正直思ってしまった。10年後、10年前の未熟な自分が想像した程度の自分にしかなっていないとしたら、なんてつまらない人生なんだろうと思ってしまう。いろんな人生があるし、これは単に私の趣向だけどね。」

 

「私も、会社をやめてMBAとったり、転職したり、また元の会社に戻ったり、そして休職してアメリカに来てみたり‥と、落ち着かない人生を送ってるけど、すべてを最初からプランしていたわけではなく、その時その時にできることをしていたらここにいたという感じ。それでいいんじゃないかな~と思ってる」

 

この彼女の言葉は、私のもやもやを少し解消してくれました。今の私は10年前‥どころか3年前にも想像していなかった生活を送っているけれど、それこそ人生の醍醐味だなぁと思えました。

 

誰かと家族になって一緒に過ごすと決めた以上、すべてを自分の思い通りにコントロールすることはできません。特に女性は、配偶者の都合で仕事を制限されたり、思ってもない場所に移住することも多くて、理不尽な思いをしている人も多いと思います。

 

でも、自分のコントロールがきかないことに振り回されてみると、普通にひとりで生きていたら触れることもなかったであろう世界に触れて、人生が少しずつ変わっていく。そうして誰かに影響されながら自分の人生を作っていくというのも、また一興?だなと、今はそんな風に思います。

 

 

いまだにもやもやする気持ちは抱えていて、なんとかするためにまた勉強しようかなと思っているところですが、過去の選択も今の自分の生活も、全部肯定していきたい。

 

強い意志をもって、いつまでにこうなる!!とプランできる私ではないけれど、5年後10年後には、想像もしていなかったような楽しい毎日を送っていたいな~とぼんやりと思うのでした。

 

 

 

おわり

 

応援クリック、ありがとうございます!


ワーキングマザー ブログランキングへ


にほんブログ村